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「これで買い忘れはないな」

 

やっぱり街だと買い集めがしやすかった。

国の場合、城下町で市場は栄えるが、そのほとんどは王族専用、
つまりブランド志向が高く、価値は高いわ、量は少ないわであまり旅の足しにはならない。

 

 

人ごみの中にいると、シンは自分が小さな存在だといつも思っていた。

いろんな人がいて、自分はその中の一人で、だから自分が抱えている悩みなど小さいものだと。

彼女はつれていかない、とさんざんリチャードに怒られ、どうしたらいいものかもやもやしていた気持ちもすっかり晴れ始めていた。

 

そういえば、聞いた話でポールという変換者が『マシリアを歩いてみろ。自分が小さいだろ』という言葉をいったそうだ。

マシリアというのは有名な大都市でそこで開かれる定期市はお祭り騒ぎである。

 

 

まさにそういうことなんだな。

 

 

シンは思った。

 

 

だがポールは一つ見落としている。

自分が小さくなる変わりに、そこにいる自分というのは素の自分が一番浮かびやすいんだ。

 

 

シンは、紙袋を持ったまま、人ごみから少し離れた赤レンガの建物の階段に座った。

そして、黒いコートの襟をただし、ポケットから本を出した。

 

真っ黒で、表紙も裏表紙も何も書いていなかった。

その本は相当な年月を生きてきたようで、角がボロボロになっているし、中の紙も黄ばんでいる。

 

本は辞書のようになっており、閉じた状態で横から見ると階段のように色づけられているのがわかる。

 

そうだな。

昨日やった雷を落とすのは、落雷なんて言葉じゃない。

あれは俺だったら『グリン』と呼ぶだろう。

 

シンは『G』の場所を開いて『雷が落ちる:グリン』と書いた。

その他には『炎を出す:ギルベルト』とだけ書いてあった。

 

書き終わると、シンは一呼吸起き、目の前に転がっている石を見た。

 

 

「…」

 

 

特にかわったところはない。

普通のただの石だった。

 

 

今日ならいける。

シンはつぶやいた。

 

「グリン」

 

 

 

 

 

何も起こる気配はなかった。

 

 

石はあいかわらず石だし、人の声は相変わらず騒がしい。

 

 

シンは天を仰いだ。

 

空には三日月が昇っており、雲一つない美しい空だった。

 

 

だめか…。

 

 

叶うわけはないと思っていた。

 

だが叶えたいと思っていた。

 

 

希望に対する絶望という挫折は何度も味わっている。

 

 

 

「…」

 

 

 

そろそろいかないとリチャードに怪しまれるな。

 

シンはハハと笑って立ちあがった。

 

 

悲しい笑いだった。

 

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