―――天からの恵みがやってくる気がした。

 

その青年は、崖のふちぎりぎりのところまで立っていた。

 

 

 

崖は山の途中にあるもので、かなりの高さのところにある。

 

 

 

 

あと一歩でも踏み出せば、彼は真下にある、真っ暗な森の中へ落ちてしまうだろう。

 

 

 

 

 

もっとも、彼の心は既にそこにあるのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

「シンー!!雨雲はどうなってる?」

 

 

 

『シン』と呼ばれた青年が振りかえった。

 

 

 

 

 

 

 

―――そう、人はあれを雨と呼ぶ。

 

 

 

 

風が吹いた。

 

 

 

 

シンは風におされながら、仲間のもとへ足を進めた。

 

 

 

 

鳥たちはギャアギャアとかすれた嫌な鳴き声で木から飛び去った。

 

 

 

 

 

 

―――これを風と呼ぶ。

 

 

 

 

 

「今夜あたりきそうだ。風向きも悪い」

 

 

 

会話の返事のつもりであろうが、独り言にしか聞こえない。

 

 

 

仲間は、微妙に聞き取れたシンの声に苦笑している。

 

 

 

いつものことなので、何かをいうつもりはない。

 

 

 

そして、腕を組み、木に寄りかかってシンの到着をただ待った。

 

 

 

シンは考えていた。

 

 

 

――――誰が、いつ、あれらを名づけたのか。

 

 

 

俺だったら、『雨』は『アルセ』と『風』は『エヴィン』と名づける。

 

 

 

幼い頃からの疑問と、決意。

 

 

 

シンは『あれ』が見たくなった。

 

今なら、自分の言葉を受け入れてもらえる気がしたからだ。

 

 

 

 

 

「まさかおまえが雨を作ったんじゃないだろうな」

 

 

仲間に頭をつつかれた。

 

 

シンは立ち止まり、彼を見た。

 

 

 

 

二人の間に沈黙が流れた。

 

 

 

雨の前のねっとりとした空気に、重たい空気がのしかかる。

 

 

 

 

 

 

先に口を開いたのはシンだった。

 

 

 

 

 

「まさか…全知全能であり、最高神である、言葉の神ルートゥストーチには逆らえないさ」

 

 

 

 

シンの口元には笑みが浮かんでいた。

 

バカにしていっているのか、というよりも自嘲していっていたか。

 

 

 

 

パキッ

 

 

 

シンは再び歩き始めた。

 

 

無言で仲間もシンを追った。

 

 

 

 

 

「ただ…」

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

「ただ…俺が変換者である限り、それが目標であるには違いない」

 

 

 

 

 

 

それは独り言のようで、叶わない恋に嘆く堕落者のあきらめの言葉ようだった。



<<<     >>>