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「あぁ、彼女、記憶がないようなんですよ。」

リチャードが思い出して付け加えた。

彼女を早く手放したいと考えるあまり忘れていたようだ。

 

だが、あまりリチャードの言葉は参考にはならなかった。

「それはお気の毒に…。」

兵は、馬を荷台から下げた。

「どうやら人違いだった。

この少女の主もおそらく探しているだろう。

こちらも急な勅令なので、君達に力を貸すことはできないが、

幸運を願っている。ルートゥス様のご加護がありますよう。

それでは!!」

 

2人の兵は昨夜の森の方へかけていった。

おそらく、山を越えて、ウェルヴェス谷のアッティラ町へいくのだろう。

 

 

「全く最近の女性は問題を起こすのが好きなのか?」

リチャードは残念そうだった。

 

 

再び馬が歩き始め、気持ちの良い風が吹いてきた。

 

シンは近くなりつつある街を眺めた。

 

 

人違いか。

 

 

ほっとしたような、



希望が絶望に変わったような悲しみのような


なんともいえない気持ちだった。

アヴェルスト王国…。

もう二度と聞かない名だと思っていた。

 

 

「あの、それ返してもらえますか?」

 

突然意識の中に、彼女が入りこんできた。

 

「え」

どこからだしたともいえない、まぬけな声。

ずっと宝石を持っていることを忘れていた。

 

「あぁ。ごめん。」

 

「シン、どうしたんだ?」

リチャードはさきほどのやりとりに気づいていなかったようだ。

 

「あ、いや。名前が書いてあるかな、って思って借りたんだ。」

 

名前…。

 

 

そうか!

 

彼女には記憶がないんだ。

 

どうしても忘れがちになってしまうこの事実。

 

あの時、不自然に感じたのはそれだった。

 

 

記憶がないのにどうして『知らない』といえるだろうか。

普通、わからないと答えるだろう。

それなのに、わざわざ相手の問いかけを断るようないい方を…。



第一、あの時彼女は自分達にいったように、記憶がないと答えればいいものを。

 

 

「で、名前は書いてあったのか?」

 

「あ、あぁ。」

 

シンは頭の混乱を押さえながら、名前を読み上げた。

 

「パニッシュ・ローラン」

 

 

「ローラン家?




 聞いたことがないな。

 まぁ、とりあえず、名前がわかったから、街にいけばなんとかなるかもな。」

 

シンは黙っていた。

黙って、ネックレスを返す。

 

街?そんなこと今はどうでもいい。

 

シンは、信じられなかった。

 

 

ローラン家だと?

 

 

ローラン家は、アヴェルスト王国の王族だぞ?

 

 

兵もアヴェルスト王国。彼女もアヴェルスト王国。

アヴェルスト王国の兵は王族を直接みないし、彼女は記憶がない。

 

だから、すれ違うのも筋の通る話。

 

だが

 

あの言葉は、記憶がないことを曖昧にして、自分から相手を拒否したような…。

俺が考えすぎなのか?

 

それとも…何か理由があって意図的に…。

 

 

彼女はいったいなにを考えている?

 

 

どちらにしても、ローランの名を再び聞くとは、偶然なのか、運命なのか。

 

 

 

街はもうすぐそこまできていた。

 



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